16. 桓武天皇の東北地方平定

(1). 大和朝廷の中央集権化に対して、東北の「 蝦夷 」(えみし)は服属を拒否していた。
(2). 658年 阿倍比羅夫を秋田、津軽地方へ遠征させた。
(3). 大和朝廷は、8世紀には日本海側に出羽国を新設、秋田城を築城、太平洋側には、多賀城を築き 、陸奥国府、鎮守府とし、軍事、行政上の拠点とした。
(4). 780年 蝦夷の豪族・伊治呰痲呂(これはりのあざまろ)が反乱を起こし、これを機に反乱が続いた。
(5). 789年 桓武天皇は、征東大使・紀古佐美に大軍を与え、蝦夷の制圧に向かわせたが、打ち 破られた。
(6). 794年 大伴弟麻呂を征夷大使、坂上田村麻呂を副使に10万の大軍を送り、成果を上げた。 797年 坂上田村麻呂は、征夷大将軍に昇進した。
(7). 802年 胆沢城を築き、鎮守府を多賀城から移し、東北地方平定に邁進した。
(8). 805年 桓武天皇の決断で、民衆に多大な負担を強いた東北遠征は中止となった。 これ以降東北地方は次第に大和朝廷に帰属、大和と一体化していった。
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